介護保険事業計画とは、市区町村が3年を1期として策定する、介護サービスの見込み量や介護保険料の水準を定める計画です。私たちが毎月支払う介護保険料は、実はこの計画にもとづいて機械的に算出されています。本記事では、計画の法的根拠や策定プロセス、保険料が決まる仕組みを厚生労働省・自治体の公表資料にもとづき解説します。
介護保険事業計画とは何か
介護保険事業計画は、市区町村(保険者)がそれぞれの地域で今後3年間にどれだけの介護サービスが必要になるかを見積もり、それを賄うための保険料を設定する計画です。単なる将来予測ではなく、介護保険法にもとづいて策定が義務づけられている法定計画である点が重要です。
介護保険法にもとづく市町村の策定義務
介護保険事業計画は介護保険法に基づき、すべての市区町村(保険者)に策定が義務づけられています。厚生労働大臣が定める基本指針(令和6年厚生労働省告示第18号「介護保険事業に係る保険給付の円滑な実施を確保するための基本的な指針」)に即して、市区町村が地域の実情を踏まえて策定する仕組みです。国が全国一律の計画を作るのではなく、約1,600の保険者それぞれが自らの地域のサービス見込み量を積み上げて計画を作る点が特徴です。
都道府県介護保険事業支援計画との違い
市区町村の計画と並行して、都道府県は「介護保険事業支援計画」を策定します。千葉県の公表資料によれば、都道府県計画は、管内市区町村の計画を踏まえつつ、広域的な視点から介護保険施設の必要利用定員総数(圏域ごとの整備目標)や介護人材の確保に関する事項などを定める役割を担います。市区町村計画が「保険料算定の基礎になる地域単位の計画」であるのに対し、都道府県計画は「市区町村計画を広域的に支える計画」という位置づけの違いがあります。
老人福祉計画との一体的な策定
多くの市区町村では、介護保険事業計画は老人福祉法にもとづく「老人福祉計画」と一体のものとして策定されています。豊島区の公表資料でも、両計画を一体的に策定している例が示されています。介護保険サービスだけでなく、高齢者の生活支援や福祉施策全体を見渡した計画として編成されているためです。
なぜ3年ごとに見直されるのか
介護保険事業計画は3年を1期として策定され、期ごとに「第◯期」と呼ばれます。3年という周期には明確な理由があります。
介護報酬改定サイクルとの連動
内閣府の資料「介護保険法第117条に基づく市町村介護保険事業計画の計画期間の見直し」によれば、計画期間は介護報酬の改定サイクル(原則3年に1度)と連動する形で設定されています。介護報酬(サービス事業者に支払われる対価の単価)が3年ごとに見直されるのに合わせて、サービス量の見込みや保険料水準も同じ周期で見直すことで、実態に即した計画運用を可能にしています。
現在は第9期、次は第10期
厚生労働省の資料「第9期介護保険事業計画期間における介護保険の第1号保険料及びサービス見込み量等について」によれば、現在(2026年時点)は2024〜2026年度を計画期間とする第9期にあたります。次の第10期は2027〜2029年度が計画期間となり、多くの市区町村で2026年度中に策定作業が本格化する見込みです。策定にあたっては、高齢者人口の推計やサービス利用実績の分析、住民アンケートなどをもとに、翌期3年間の見込み量を積み上げていきます。
計画に定められる主な内容
介護保険事業計画には、保険料算定の基礎となる数値目標から、地域の高齢者福祉の方向性まで、複数の要素が盛り込まれます。福岡市が公表した「第9期福岡市介護保険事業計画」の章立てを見ても、量の見込みと質的な目標の両方が定められていることが分かります。
サービスごとの必要利用定員総数・量の見込み
訪問介護・通所介護・特別養護老人ホーム・介護老人保健施設など、サービスの種類ごとに、計画期間中に必要となる利用定員総数やサービス量(利用者数・利用回数の見込み)を算出します。これは地域の高齢者人口推計や要介護認定者数の推移、既存の施設整備状況をもとに積算される数値で、後述する保険料算定の土台になります。
地域支援事業の見込み
介護予防・日常生活支援総合事業(いわゆる総合事業)や包括的支援事業など、要介護状態になる前の高齢者を支える地域支援事業についても、事業ごとの実施内容と見込み量が計画に定められます。総合事業は市区町村が独自に内容を組み立てられる仕組みで、地域ごとの取り組みの違いが表れやすい分野です。
自立支援・重度化防止の目標
厚生労働省の基本指針では、要介護状態の重度化をできる限り防ぎ、高齢者の自立した生活を支援することを市区町村計画の目標として掲げるよう求めています。具体的には、要介護認定率の推移や、リハビリテーション・栄養改善などの取り組みに関する数値目標を定める市区町村もあります。
このほか福岡市の計画書では、介護人材の確保・育成、認知症施策の推進、介護予防・健康づくりの推進といった項目が章立てとして設けられており、単なる数値計画にとどまらず、地域の高齢者福祉施策全体の方向性を示す文書になっていることが分かります。計画は策定後、市区町村のウェブサイトで計画書の全文または概要版が公表され、誰でも内容を確認できます。
介護保険料はどう決まるのか
介護保険事業計画のもっとも身近な効果は、65歳以上の第1号被保険者が支払う介護保険料の基準額が、この計画にもとづいて決まるという点です。
給付見込み総額から逆算する仕組み
厚生労働省「介護保険制度について」の解説によれば、介護保険料は積み上げ方式で決まります。まず計画期間3年間に見込まれる介護給付費(サービス利用にかかる総費用)を算出し、その総額から公費・第2号保険料でまかなう分を差し引いた残りを、地域の第1号被保険者数で割ることで、1人あたりの基準保険料額が算出される仕組みです。つまり保険料は先に「いくら必要か」を積み上げ、そこから逆算して決まります。
介護給付費の財源内訳(厚労省資料にもとづく)
出典: 厚生労働省「介護保険制度について」
公費・第2号保険料・第1号保険料の負担割合
上の図のとおり、介護給付費の財源は公費(税金)が50%、40〜64歳が支払う第2号保険料が27%、65歳以上が支払う第1号保険料が23%という割合で負担する仕組みになっています。公費50%の内訳は、国が25%、都道府県が12.5%、市町村が12.5%です(施設等給付の場合は国20%・都道府県17.5%など一部異なる区分もあります)。この負担割合自体は国が定める全国共通のルールですが、第1号保険料23%分をどの市区町村の第1号被保険者何人で割るかによって、1人あたりの金額が地域ごとに変わってきます。なお第1号被保険者(65歳以上)は年金からの天引き等でこの保険料を市区町村に直接納めるのに対し、第2号被保険者(40〜64歳)は加入している医療保険の保険料と合算して徴収される点が徴収方法の違いです。
第9期の全国平均保険料月額6,225円
厚生労働省の発表によれば、第9期(2024〜2026年度)における全国の第1号保険料基準額の平均は月額6,225円です。第8期(2021〜2023年度)の全国平均6,014円と比べると約3.5%の上昇となっています。この上昇は、高齢化の進行にともなう介護サービス利用の増加や施設整備の進展が主な背景です。
介護保険料基準額(全国平均・月額)の推移
(2021〜2023年度)
(2024〜2026年度)
前期比 +3.5%
出典: 厚生労働省「第9期介護保険事業計画期間における介護保険の第1号保険料及びサービス見込み量等について」
保険料に地域差が生まれる理由
介護保険料は全国一律ではなく、市区町村ごとに基準額が異なります。同じ第9期の計画期間であっても、保険者によって保険料水準に差があるのはなぜでしょうか。
サービス量・施設整備状況による違い
保険料は前述のとおり給付見込み総額から逆算されるため、特別養護老人ホームなどの施設整備が進んでいる地域や、在宅サービスの利用量が多い地域ほど、給付費の見込みが大きくなり、結果として保険料が高くなる傾向があります。反対に、施設整備がこれから進む地域や、サービス利用がまだ少ない地域では、保険料が相対的に低く算出されることがあります。
高齢化率・要介護認定率の違い
地域の高齢化率(65歳以上人口の割合)や要介護認定率(65歳以上人口に占める要介護認定者の割合)も、給付見込み総額に影響する要素です。高齢化が進んでいる地域ほど利用者数の見込みが増え、給付費が膨らみやすくなります。厚生労働省の資料でも、こうした地域の人口構成やサービス基盤の違いが保険料水準の差につながることが示されています。なお、具体的にどの自治体がいくらという比較は、各市区町村が公表する計画書やe-Statの介護保険事業状況報告で確認できます。保険料水準は「高ければ悪い、低ければ良い」という単純な評価軸で比較できるものではなく、その地域でどれだけのサービス基盤が整備され、実際に利用されているかを反映した結果でもある点には留意が必要です。
計画の策定プロセス
介護保険事業計画は、行政が一方的に数値を決めるのではなく、住民の意見や専門家の議論を経て策定される仕組みになっています。
高齢者生活実態調査
多くの市区町村では、計画策定の前段階として、高齢者本人やその家族を対象にしたアンケート調査(高齢者生活実態調査・ニーズ調査など呼称は自治体により異なる)を実施します。介護サービスの利用状況や今後の希望、生活上の困りごとなどを把握し、計画のサービス見込み量に反映させます。
介護保険事業計画推進会議(策定委員会)
豊島区の公表資料にあるように、多くの市区町村は学識経験者・医療福祉関係者・介護事業者・被保険者の代表などで構成される「介護保険事業計画推進会議」や「策定委員会」を設置し、計画の内容を審議します。行政内部だけで完結させず、多様な立場からの意見を反映させる場として機能しています。
パブリックコメント(意見公募)
計画の素案がまとまった段階で、多くの市区町村はパブリックコメント(意見公募)を実施します。釧路市の公表資料では、計画素案を一定期間公開し、市民から意見を募集した上で、寄せられた意見を計画に反映するかどうかを検討するプロセスが示されています。福岡市の公表資料でも、計画策定過程で寄せられた市民意見の件数が公表されており、住民の声が計画に反映される仕組みがあることが分かります。
住民として計画にどう関わるか
介護保険事業計画は、専門家や行政だけのものではなく、住民が内容を確認したり意見を述べたりできる計画です。
自分の市区町村の計画を確認する方法
各市区町村は、策定した介護保険事業計画をウェブサイトで公表しています。「(市区町村名) 介護保険事業計画」で検索すると、計画書のPDFや概要版が見つかることが一般的です。計画書のうち、保険料の算定根拠を知りたい場合は「第1号被保険者数の見込み」「介護給付費の見込み」「保険料基準額の算定」といった章に、金額の内訳や計算過程がまとめられていることが多く、目次からその章を探すと該当箇所にたどり着きやすくなります。
パブリックコメントへの参加方法
計画の策定時期(おおむね計画期間開始の前年度)には、多くの市区町村がパブリックコメントを実施します。釧路市の例のように、募集期間・提出方法(郵送・窓口・ウェブフォームなど)が広報誌やウェブサイトで案内されるため、関心のある住民は意見を提出することができます。介護サービスの利用者本人だけでなく、将来利用する可能性がある現役世代にとっても、地域の介護体制の方向性を知り、意見を伝える機会になります。
第9期計画の主な特徴
厚生労働省が示す第9期(2024〜2026年度)の基本指針や作成準備資料からは、いくつかの重点テーマが読み取れます。
地域包括ケアシステムの深化・推進
厚生労働省「第9期介護保険事業(支援)計画の作成準備について」の資料では、高齢者が住み慣れた地域で医療・介護・予防・生活支援を一体的に受けられる「地域包括ケアシステム」の深化・推進が、引き続き重要なテーマとして位置づけられています。在宅サービスと施設サービスのバランス、医療と介護の連携体制の構築などが計画の重点事項に含まれます。
2040年を見据えた中長期的な整備方針
同資料では、高齢者人口がピークを迎えるとされる2040年頃を見据え、単年度・単期間だけでなく中長期的な視点でサービス基盤や人材確保を検討するよう市区町村に求めています。介護人材の確保・生産性向上、テクノロジーの活用なども、第9期計画で扱われる論点として挙げられています。
用語の混同に注意
介護保険事業計画は、似た名称の制度や、全国一律だと誤解されやすい仕組みと混同されがちです。ここで整理しておきます。
介護保険事業計画と老人福祉計画の違い
前述のとおり、介護保険事業計画(介護保険法にもとづく)と老人福祉計画(老人福祉法にもとづく)は、多くの市区町村で一体的に策定されていますが、根拠となる法律が異なる別の計画です。介護保険事業計画が保険給付とサービス見込み量・保険料を中心に定めるのに対し、老人福祉計画は高齢者福祉施策全般(介護保険の対象外の生活支援サービスなども含む)を扱う点に違いがあります。
保険料は全国一律ではない
介護保険料は国が定める一律の金額ではなく、各市区町村が自らの計画にもとづいて算定する保険者ごとの金額です。全国平均は厚生労働省が公表していますが、実際に支払う金額は住んでいる市区町村によって異なります。引っ越しをすると保険料が変わることがあるのは、この仕組みによるものです。
まとめ
介護保険事業計画について、ここまでの内容を整理します。
- 介護保険事業計画は、市区町村が介護保険法にもとづき3年ごとに策定する法定計画で、サービス見込み量と保険料水準を定める
- 3年周期は介護報酬改定サイクルと連動しており、現在は第9期(2024〜2026年度)、次期は第10期(2027〜2029年度)
- 介護保険料は「給付見込み総額から逆算」して決まる仕組みで、公費50%・第2号保険料27%・第1号保険料23%の負担割合が土台になる
- 第9期の全国平均保険料は月額6,225円で、第8期(6,014円)から約3.5%上昇した
- 保険料は全国一律ではなく、住民生活実態調査やパブリックコメントを経て、市区町村ごとに策定・公表される
なお、介護保険制度は3年ごとの計画見直しにあわせて、保険料水準やサービス内容が変更される可能性があります。本記事の内容は執筆時点の公表情報にもとづくものであり、最新の制度内容は必ずお住まいの市区町村や厚生労働省の公式情報でご確認ください。かいごの窓は特定の事業者や施設を推奨・あっせんするものではなく、公的情報を整理して並列に紹介する編集方針をとっています。サイトの立ち位置については「このサイトについて」をご覧ください。
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