訪問歯科診療とは、歯科医師が自宅や施設などの居宅を訪れて行う歯科医療のことです。親や配偶者が足腰を悪くして通院が難しくなった、施設に入所しているが歯の治療をどうすればよいか分からない、といった悩みを抱える方も多いのではないでしょうか。歯科の治療や口腔ケアは食事や会話といった日々の生活の質に直結するため、通院が難しくなったからといって後回しにしにくい領域でもあります。本記事では、訪問歯科診療の対象者、受けられる内容、医療保険と介護保険の役割分担、自己負担割合、相談先の探し方までを、厚生労働省の公的資料にもとづいて解説します。
訪問歯科診療とは何か
定義と目的
訪問歯科診療は、歯科医師が居宅を訪れて計画的・継続的な歯科医学的管理を行い、療養上の指導助言を行う医療サービスです。厚生労働省老健局の資料では、訪問診療または往診を行った日に限り関連する評価が行われるとされており、居宅介護支援事業者への情報提供もあわせて位置づけられています[1]。ここでいう「居宅介護支援事業者」とは、ケアマネジャーが所属し要介護者のケアプラン作成や関係機関との連絡調整を担う事業者のことです。歯科医師が訪問診療で得た口腔の状態に関する情報がこうした事業者に共有される仕組みが制度上想定されている点は、口腔の健康と生活支援全体が地続きであることを示しています。訪問歯科診療の目的は、通院が困難になった人が口腔の健康を保ち、痛みや不快感を抱えずに食事や会話といった生活の質を維持できるようにすることにあります。
往診・訪問診療との違い
「往診」は患者や家族からの求めに応じて臨時に訪問する診療、「訪問診療」はあらかじめ計画を立てて定期的に訪問する診療という位置づけで区別されるのが一般的です。訪問歯科診療も同様に、計画的・継続的な管理を前提とした訪問診療として整理されています[1]。つまり、急に歯が痛くなったので1回だけ来てほしいという臨時の依頼と、定期的に口腔内の状態を診てもらう継続的な依頼とでは、制度上の位置づけが異なる場合があるということです。実際にどちらの形で対応してもらえるかは依頼先の歯科医院の体制によって異なるため、相談時に確認しておくとよいでしょう。なお、内科的な全身管理を目的として医師が居宅を訪れる訪問診療については、訪問診療とはの記事で詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
訪問歯科診療の対象者
通院が困難な人の目安
訪問歯科診療は、寝たきりの状態や身体機能の低下などにより、歯科医院への通院が困難な人を対象としています。厚生労働省の資料では、歯科衛生士等が行う実地指導の対象を「通院または通所が困難な利用者」としており[1]、通院そのものが難しいことが利用の前提になっています。具体的にどの程度の状態であれば「通院が困難」と判断されるかは、本人の身体状況や移動手段の有無、付き添いの可否など個別の事情によって異なります。判断に迷う場合は、まずかかりつけの歯科医院や、要介護認定を受けていればケアマネジャーに相談し、通院と訪問のどちらが現実的かを一緒に検討してもらうのがよいでしょう。
要介護認定は必須か
歯科医師が居宅を訪れて診療を行うこと自体は、本来は医療保険の枠組みでも提供されうるものです。ただし、厚生労働省の資料(社会保障審議会介護給付費分科会資料)は、介護保険サービスである「居宅療養管理指導」について定めたもので、そこでは対象を「要介護認定を受け通院が困難な利用者」としています[1]。つまり同資料が示しているのは、あくまで居宅療養管理指導として提供される場合の要件であり、医療保険としての訪問診療そのものに要介護認定が一律に必要かどうかまでは、この資料からは断定できません。一方、介護保険サービスとして居宅療養管理指導を利用する場合は、WAM NETの解説によると要介護1以上の認定を受けていることが前提となり[3]、要介護1・2の人を対象とした介護予防居宅療養管理指導という予防給付の枠組みも用意されています[4]。整理すると次のようになります。
- 居宅療養管理指導(介護保険サービス):要介護1以上の認定が前提[3]
- 介護予防居宅療養管理指導(介護保険サービス):要介護1・2の人が対象[4]
- 歯科医師による訪問診療(医療保険での診療行為そのもの):要介護認定の要否は一律に断定できないため、詳細はかかりつけの歯科医院に確認するのが確実です
訪問歯科診療で受けられる内容
虫歯・歯周病の治療
訪問歯科診療では、一般的な歯科医院と同様に虫歯や歯周病の治療が行われることがあります。ただし、居宅で使用できる機材には限りがあるため、症状や設備の状況によっては、可能な範囲での応急的な処置にとどまる場合や、通院を検討するよう案内される場合もあります。歯周病は自覚症状が乏しいまま進行することが知られており、定期的に口腔内を診てもらう機会があること自体が早期の異変に気づくきっかけになり得ます。対応できる治療の範囲は歯科医院ごとに異なるため、事前に相談しておくことが大切です。
入れ歯の作製・調整
入れ歯(義歯)が合わなくなった場合の調整や、新しい入れ歯の作製・型取りも訪問歯科診療で対応されることがある内容の一つです。加齢により歯ぐきの形が変化すると、以前は合っていた入れ歯が緩くなったり痛みの原因になったりすることがあります。噛み合わせが悪いまま放置すると食事がしづらくなり、食べられる物の種類が減ってしまうこともあるため、定期的な調整の相談先として訪問歯科診療が選択肢になります。
口腔ケアと摂食嚥下機能の指導
治療だけでなく、日々の口腔ケアを専門職に見てもらえる点も訪問歯科診療の特徴です。厚生労働省の資料によれば、歯科衛生士等が行う実地指導では、口腔内や有床義歯の清掃、または摂食嚥下機能に関する指導が、利用者に対して1対1で一定時間以上行われるとされています[1]。これは訪問診療を行った歯科医師の指示や訪問指導計画にもとづいて実施されるもので、日々の口腔ケアの方法や、食事をむせずに飲み込むための工夫などを本人・家族が学ぶ機会にもなります。自分で歯磨きが難しくなった人にとっては、専門職による定期的な口腔清掃が全身の健康管理の一環として位置づけられている領域でもあります。ただし、個別の症状の改善や予防効果を確約するものではなく、あくまで日常のケアの質を高める指導として提供されるものです。
医療保険と介護保険の役割分担
訪問歯科診療をめぐる制度は医療保険と介護保険の両方にまたがっており、初めて利用を検討する人にとっては分かりにくい部分でもあります。ここでは「誰が」「どの職種が」「どちらの保険制度のもとで」関わるのかを整理します。下の図は、その役割分担のイメージです。
居宅療養管理指導における歯科医師の関わり
出典1の社会保障審議会介護給付費分科会資料は、介護保険サービスである居宅療養管理指導について、歯科医師が計画的・継続的な歯科医学的管理、居宅介護支援事業者への情報提供、療養上の指導助言などを行うと位置づけており、訪問診療または往診を行った日に限り関連する評価が行われるとされています[1]。同資料では、この居宅療養管理指導としての対象を、要介護認定を受け通院が困難な利用者としています[1]。なお、歯科医師による訪問診療そのものは医療保険で提供される場合もあり、その場合の要介護認定の要否は本資料の対象外です(詳しくは前章「要介護認定は必須か」を参照してください)。
居宅療養管理指導(介護保険)における歯科衛生士等の指導
これに対し、歯科衛生士等が行う実地指導は介護保険の居宅療養管理指導として位置づけられています。訪問歯科診療を行った歯科医師の指示や訪問指導計画にもとづき、口腔内や有床義歯の清掃、または摂食嚥下機能に関する指導を、利用者に対して1対1で一定時間以上行うものとされています[1]。事業の実施主体は病院、診療所、薬局等とされています[1]。このように、同じ訪問の場面であっても、歯科医師が診療行為を行う部分と、歯科衛生士等が生活の中でのケア方法を指導する部分とでは、適用される保険制度や関わる専門職が異なります。利用者や家族から見ると同じ「訪問」でも、請求される制度区分が違うため、内訳が分かりにくいと感じることも少なくありません。疑問があれば、利用の都度、担当の歯科医院や歯科衛生士に確認するとよいでしょう。ケアプランに位置づけて利用する介護保険サービスの全体像はケアプランとはの記事で解説しています。
費用の目安と自己負担割合
医療保険の自己負担割合
歯科医師が行う訪問診療は医療保険が適用される診療であり、通常の歯科診療と同様に、年齢や所得に応じて医療保険の自己負担割合(1〜3割)が適用されます[6]。具体的な自己負担額は、治療内容や使用する材料、訪問にかかる評価などによって変わるため、事前に受診先の歯科医院に確認することをおすすめします。また、複数回にわたる通院・訪問が必要な治療の場合は、1回あたりの負担額だけでなく、治療完了までにかかる総額の見通しについてもあわせて確認しておくと安心です。
居宅療養管理指導の利用者負担
居宅療養管理指導は介護保険サービスの一つであるため、他の介護保険サービスと同様に、所得に応じて1割・2割・3割の利用者負担が原則となります[2]。下の図は、この負担割合のイメージです。実際の負担割合は所得区分によって決まるため、詳細は市区町村の窓口やケアマネジャーに確認してください。
利用の流れ・相談先
かかりつけ歯科医院への相談
すべての歯科医院が訪問診療に対応しているわけではないため、まずは対応可否を確認することから始めましょう。これまで通っていたかかりつけの歯科医院がある場合は、まずそこに訪問診療への対応が可能かどうかを相談してみるのが一般的な進め方です。長年の診療歴があれば、口腔内の状態を把握したうえで対応してもらいやすいという利点もあります。歯科医院によって訪問診療への対応方針は異なるため、対応していない場合は、近隣で対応可能な歯科医院を紹介してもらえるか尋ねてみるのも一つの方法です。
ケアマネジャーを通じた依頼
すでに要介護認定を受けてケアマネジャーが付いている場合は、ケアマネジャーに口腔の状態や困りごとを伝えて相談する方法もあります。ケアマネジャーは地域の医療・介護資源に関する情報を持っていることが多く、訪問歯科診療に対応する歯科医院の情報提供や、他のサービスとの調整の窓口になり得ます。とくに居宅療養管理指導のように介護保険サービスとして提供される内容は、ケアプランへの位置づけが前提となるため、他の在宅サービスとあわせてケアマネジャーに相談しながら検討を進めると、生活全体の中で無理のない形にまとめやすくなります。おおまかな流れとしては、相談後に歯科医師による初診・口腔内の状態確認が行われ、そのうえで訪問診療の計画が立てられて継続的な訪問が始まる、という進み方が一般的です。
訪問可能なエリアと歯科医院の選び方
在宅療養支援に対応する歯科医院
訪問歯科診療は、その歯科医院が通常の診療圏として設定している範囲内で提供されることが一般的です。全国の歯科診療所数は一定数存在しており[5]、地域によって在宅療養支援に対応する歯科医院の数や体制には差があります。居住地の近くで対応可能な歯科医院があるかどうかは、地域によって状況が異なるため、個別に確認する必要があります。都市部と郊外・地方とでは歯科医院の分布状況も異なるため、周囲に見つからない場合は、地域包括支援センターや自治体の相談窓口に情報を尋ねてみるのも一つの方法です。
事前に確認しておきたいポイント
相談の際には、以下の点を事前に確認しておくと、利用開始後の行き違いを防ぎやすくなります。
- 対応可能な治療内容の範囲
- 訪問できる頻度やエリア
- 緊急時の連絡体制
- 持病や服薬状況など全身状態に関する情報の伝達
- 同居家族がいる場合の訪問日時の調整や当日の立ち会い
注意点・よくある誤解
すべての歯科医院が対応しているわけではない
訪問歯科診療は、通常の外来診療のみを行っている歯科医院ではすべて対応しているわけではありません。訪問診療のための体制や機材を備えた歯科医院が対応することになるため、まずは対応の可否を問い合わせる必要があります。「近所の歯科医院だから当然対応してもらえる」と思い込んで急に依頼するのではなく、事前に電話などで訪問診療の実施状況を確認しておくと、後になって断られてしまうといった行き違いを避けやすくなります。
通院可能な人は対象外
訪問歯科診療は、あくまで通院が困難な人を対象とした制度です。厚生労働省の資料でも、歯科衛生士等が行う実地指導の対象は「通院または通所が困難な利用者」とされており[1]、通院できる状態であれば通常の歯科医院での受診が基本になります。「便利だから」という理由だけで通院可能な人が利用できる制度ではない点に注意が必要です。また、訪問歯科診療を利用したからといって、その後の通院が一切不要になるわけではありません。症状や設備の都合により通院が必要な処置が生じることもあるため、歯科医師の説明をもとに、その都度どちらが適切かを判断していくことになります。
まとめ
- 訪問歯科診療は、通院が困難な人を対象に歯科医師が居宅を訪れて行う歯科医療である
- 歯科医師による訪問診療は医療保険、歯科衛生士等による居宅療養管理指導は介護保険と、制度上の役割分担がある
- 医療保険の自己負担割合は1〜3割、居宅療養管理指導の利用者負担も所得に応じて1〜3割が原則である
- 利用を検討する際は、かかりつけ歯科医院やケアマネジャーへの相談から始めるのが一般的な流れである
- 介護保険制度は改定されることがあるため、最新の情報は市区町村やケアマネジャーに確認することが望ましい
介護保険制度は3年ごとに見直しが行われており、内容が変更される場合があります。最新の制度内容は市区町村やケアマネジャーに確認してください。当サイトの記事の位置づけについてはこのサイトについてもご覧ください。