有料老人ホームへの入居を検討していると、契約書や重要事項説明書に「利用権方式」という言葉が出てきます。所有権を得るわけではないのに、なぜ数百万円単位の前払金を支払う仕組みになっているのか、疑問に感じる方は少なくありません。この記事では、有料老人ホームの利用権方式の仕組みを、建物賃貸借方式・終身建物賃貸借方式との違い、前払金の内金・保全措置のルールとあわせて、厚生労働省や東京都の指導指針にもとづいて解説します。
有料老人ホームの利用権方式とは
有料老人ホームは老人福祉法第29条第1項に定められた施設で、その契約形態の多くで「利用権方式」が採用されています。
居住とサービスが一体になった契約上の権利
厚生労働省が示す有料老人ホームの類型に関する資料では、利用権方式は「居住部分とサービス部分の契約が一体」となっている契約形態と説明されています。つまり、居室に住む権利と、食事・介護・生活支援などのサービスを受ける権利がひとつの契約にまとまっており、居住費とサービス費を別々の契約として結ぶ必要がありません。多くの有料老人ホームで採用されている、標準的な契約方式です。
所有権との違い(相続の対象にならない)
利用権方式で得られるのは「利用権」であって、居室の所有権ではありません。あくまで契約上の権利であるため、分譲マンションのように売買したり、子や配偶者に相続させたりすることはできません。入居者本人が亡くなると、原則としてその利用権は消滅します。この点は、次章で説明する終身建物賃貸借方式との比較でも重要な違いになります。
家賃・敷金・サービス対価以外の受領は禁止
老人福祉法第29条第8項では、有料老人ホームの設置者が、家賃・敷金および介護等のサービスの対価として受領する費用以外に、権利金その他の金品を受け取ることを禁止しています。利用権方式であっても、入居者から名目のわからないお金を求められることは制度上認められていません。契約時に提示される費用が何に対する対価なのか、重要事項説明書で確認することが大切です。
建物賃貸借方式・終身建物賃貸借方式との違い
有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の契約形態には、利用権方式のほかに「建物賃貸借方式」「終身建物賃貸借方式」があります。厚生労働省の「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」では、この3方式が整理されています。
3つの契約方式の概要
まず全体像を比較すると、次のようになります。
| 方式 | 契約の構造 | 相続 | 主な採用先 |
|---|---|---|---|
| 利用権方式 | 居住部分とサービス部分が一体の契約 | 不可(利用権は本人限り) | 有料老人ホームで主流 |
| 建物賃貸借方式 | 居住部分とサービス部分が別々の契約 | 賃借権は原則として相続の対象 | サービス付き高齢者向け住宅で多い |
| 終身建物賃貸借方式 | 居住部分とサービス部分が別々の契約。都道府県知事の認可事業 | 不可(契約者死亡で終了)。配偶者は継続居住可 | 認可を受けた一部の住宅 |
図:3つの契約方式の違い(出典:厚生労働省「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」)
建物賃貸借方式の特徴
建物賃貸借方式は、一般的な賃貸住宅と同じ契約形態で、居住部分の契約(建物賃貸借契約)とサービス部分の契約(生活支援・介護サービス契約)が別々に結ばれます。サービス付き高齢者向け住宅で多く採用されている方式です。居住部分の権利は賃借権であるため、利用権方式とは異なり原則として相続の対象になります。
終身建物賃貸借方式の特徴
終身建物賃貸借方式は、都道府県知事の認可を受けた「終身建物賃貸借事業」として運営される方式です。居住者が生きている限り住み続けられる一方、契約者本人が死亡すると契約は終了し、賃借権は相続されません。ただし、同居していた配偶者(60歳以上、または一定の要件を満たす場合)については、死後も引き続き居住できる権利が認められています。相続はできないものの配偶者の居住継続に配慮した仕組みという点で、利用権方式や一般の建物賃貸借方式とは異なる性質を持ちます。
建物賃貸借方式やサービス付き高齢者向け住宅との違いについては、有料老人ホームとは何かを解説した記事でも整理していますので、あわせてご確認ください。
どの方式で契約するかは、入居する施設の運営形態によってあらかじめ決まっているため、入居希望者側が自由に選べるものではありません。ただし、契約書のどこに「利用権方式」あるいは「建物賃貸借方式」と明記されているかを確認し、自分が結ぼうとしている契約がどちらの性質を持つのかを理解しておくことは、退去時や相続時の扱いを見通すうえで欠かせません。特に「万が一のことがあった場合、家族が権利を引き継げるのか」という点は、契約方式によって結論が大きく変わるため、家族間で事前に共有しておくとよいでしょう。
前払金(入居一時金)の仕組みと初期償却・月割償却
利用権方式のホームでは、入居時に「前払金」(入居一時金と呼ばれることもあります)を一括で支払う契約が広く見られます。この前払金の仕組みを正しく理解しておくことが、契約後のトラブルを避ける第一歩になります。
前払金は何に充当されるのか
東京都の有料老人ホーム設置運営指導指針では、事業者に対して、前払金が何に充当される費用なのか(家賃相当額なのか、サービス費用の一部なのか等)、月額に換算した単価、そして償却の前提となる想定居住期間を、契約者に明示する義務を課しています。前払金がどのような性質の費用なのかを確認せずに契約すると、退去時の返還金の考え方も理解できないままになってしまいます。
初期償却と月割償却の考え方
前払金の多くは、契約時に一定割合を「初期償却」としてあらかじめ償却(消化)し、残りを想定居住期間にわたって毎月均等に償却していく「月割償却」の仕組みが取られます。初期償却が設定される背景には、入居前の準備や契約手続きにかかる費用を早期に確保する事業者側の事情がありますが、その割合や根拠も重要事項説明書で確認できるようになっています。
返還金は日割計算で算定する
同指針では、入居者が退去・死亡等で契約が終了した際の返還金について、日割計算で算定することとし、償却がいつから始まったか(償却開始年月日)を契約書に明記するよう定めています。月単位の大まかな計算ではなく、実際に住んだ日数に応じた精緻な計算が求められる点がポイントです。
前払金の内金ルールと想定居住期間の設定
前払金を巡るトラブルの多くは、入居前にどれだけの金額を、どのタイミングで支払うかという点に関係しています。ここには明確なルールが定められています。
内金は前払金の20%以内
東京都の指針では、入居前に受領できる前払金(内金)は、前払金全体の20%以内とすることが定められています。数百万円規模の前払金であっても、入居前に事業者が受け取れる金額には上限があるということです。
残金の徴収時期
内金を除いた残りの金額(残金)は、居室の引渡し日より前の合理的な期日以降に徴収することとされています。つまり、入居がまだ始まっていない早い段階で前払金の大部分をまとめて徴収することは、指針上想定されていません。
想定居住期間には客観的根拠が必要
前払金の償却計算の土台となる「想定居住期間」は、事業者が根拠なく自由に設定してよいものではなく、客観的な根拠にもとづいて定めることが指針で求められています。想定居住期間が実態とかけ離れて短く設定されていると、早期に前払金が償却しきられてしまい、長く入居し続けても追加費用が発生しない代わりに、短期間で退去した場合の返還額が目減りしやすくなります。契約前に、想定居住期間の根拠がどのように説明されているか確認しておくことが大切です。
利用権が消滅するケース(退去・死亡時の扱いと返還金)
利用権は契約上の権利であるため、一定の事由が生じると消滅します。消滅した場合に前払金がどう扱われるかは、老人福祉法および施行規則で定められています。
退去による契約終了
入居者本人の意思、または心身の状態の変化などにより退去し契約が終了した場合、利用権は消滅します。この場合、前払金のうち未償却の部分(まだ償却されていない残額)は、契約で定められた算定方式(日割計算)にもとづいて返還されるのが基本的な考え方です。退去に関する詳しい取り扱いは有料老人ホームを退去させられるケースを解説した記事もあわせてご覧ください。
死亡による契約終了と返還義務
老人福祉法第29条第10項および老人福祉法施行規則第21条第1項第1号・第2項第1号では、入居者の死亡によって契約が終了した場合、事業者が既に受領している前払金のうち未償却分を返還する義務を負うことを定めています。利用権は相続の対象にはなりませんが、前払金の未償却分という「金銭」は返還されるべきものとして扱われる、という整理です。
返還金の受取人
死亡時の返還金は、利用権そのものの相続ではなく、あくまで契約終了に伴う金銭債権として扱われるため、通常は相続人が受け取ることになります。誰が受取人になるか、返還までの手続きや必要書類がどうなっているかは、契約時に重要事項説明書や契約書で確認しておくべき事項です。
90日(3か月)以内の契約解除ルール
入居後まもなく事情が変わり契約を解除したいというケースは珍しくありません。このようなケースに対応するため、前払金には短期解約特例と呼ばれる保護ルールが設けられています。
内閣府消費者委員会の建議の背景
2010年12月17日、内閣府消費者委員会は有料老人ホームの前払金をめぐる問題について建議を行いました。この建議では、契約締結日から概ね90日(3か月)以内に契約を解除した場合、事業者が既に受領している前払金の全額を返還するのが原則であるべきだと示されています。
全額返還が原則、控除できる範囲は限定的
老人福祉法第29条第10項、老人福祉法施行規則第21条第1項第1号・第2項第1号、東京都指針でも、入居後3か月以内の契約解除、または入居者の死亡による契約終了の場合には、既受領の前払金を返還する義務があると定められています。内閣府消費者委員会の建議によれば、事業者が控除できるのは実際に利用した期間分の家賃・サービス対価・原状回復費用に限られ、初期償却額を差し引くことは認められないとされています。「初期償却済みだから返せない」という説明は、この90日ルールの趣旨に反する可能性があります。
解約予告期間で返還義務を短縮することの禁止
東京都指針では、事業者が「解約の申し出から〇日前までに予告が必要」といった解約予告期間の設定などによって、この前払金返還義務が及ぶ期間を事実上短くするような運用を行ってはならないとしています。契約書に短い予告期間が書かれていても、法令上の返還義務そのものを縮小する効力はありません。
違反時の改善命令と罰則
これらのルールに反する運営が確認された場合、都道府県知事は老人福祉法第29条第15項にもとづき事業者に改善命令を行うことができます。命令に違反した場合は、同法第39条により6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。
前払金の保全措置(500万円が上限になる仕組み)
前払金を一括で受け取る事業者が万が一倒産・廃業した場合に備え、契約者を保護するための「保全措置」というルールがあります。
一括受領する事業者の保全義務
老人福祉法第29条第9項では、前払金を一括して受領する有料老人ホームの設置者に対し、その返還債務を確実に履行できるよう保全措置を講じる義務を課しています。
保全額の算定方法(残存償却期間分か500万円の低い方)
保全すべき金額は、平成18年厚生労働省告示第266号および老人福祉法施行規則第20条の10により、「契約で定めた予定償却期間のうち残存する期間に係る額」と「500万円」のいずれか低い方以上とすることが定められています。つまり、未償却分がそれほど残っていない段階では実際の未償却額が保全対象になりますが、契約直後で未償却額が高額な場合でも、保全すべき金額の上限は500万円までとされています。前払金そのものが500万円を大きく超える契約であっても、保全措置として確保されるのは最大500万円までという点は、契約前に理解しておくべき重要なポイントです。
保全措置の具体的な方法
内閣府消費者委員会の報告書によると、保全措置の具体的な方法としては、銀行等との連帯保証委託契約、特定の格付を持つ親会社との連帯保証委託契約、保険事業者との保証保険契約、信託会社等との信託契約、都道府県知事が認める法人との保全契約などが挙げられています。どの方法が採用されているかは、重要事項説明書や契約時の説明で確認できます。
保全措置の詳しい仕組みについては有料老人ホームの入居一時金の保全措置を解説した記事で詳しく取り上げています。
対象になるホームの範囲
この保全措置の義務は、平成18年4月1日以降に届出をした有料老人ホームが原則として対象です。それより前から事業を行っているホームについては、努力義務とされています。契約を検討しているホームがいつから運営されているかによって、保全措置の位置づけが異なる場合があるため、確認しておくとよいでしょう。
図:前払金の返還ルール(出典:内閣府消費者委員会建議、老人福祉法第29条第10項ほか)
有料老人ホームの類型(介護付・住宅型・健康型)と利用権方式の関係
利用権方式は契約の形式を指す概念であり、有料老人ホームの「類型」(提供するサービスの種類による分類)とは別の枠組みです。両者を混同しないよう整理しておきます。
介護付(一般型)の特徴
介護付有料老人ホーム(一般型)は、ホームの職員が直接介護サービスを提供する類型で、特定施設入居者生活介護の指定を受けていることが必須とされています。多くの介護付ホームは利用権方式で契約されます。
介護付(外部サービス利用型)の特徴
介護付有料老人ホームには、安否確認等はホームの職員が行い、実際の介護サービスは委託先の事業者が提供する「外部サービス利用型」もあります。こちらも介護付の類型に含まれます。
住宅型の特徴
住宅型有料老人ホームは、生活支援等のサービスは提供されるものの、介護が必要になった場合は入居者自身が地域の訪問介護サービス等を選択して利用する類型です。住宅型でも利用権方式が採用されることが多くあります。
健康型の特徴
健康型有料老人ホームは、食事等のサービスは提供されるものの介護が必要な状態になった場合には退去することが契約条件とされる類型です。自立した高齢者を主な対象としており、他の類型とは前提となる入居者像が異なります。
重要事項説明書で確認すべきポイント
利用権方式の内容や前払金のルールは、契約前に交付される重要事項説明書で確認できます。老人福祉法第29条第7項および老人福祉法施行規則第20条の5第16号により、記載すべき項目が定められています。
前払金に関する必須記載事項
重要事項説明書には、設置者の概要、ホームの類型、運営する介護保険サービスの種類のほか、前払金の返還金算定方式、償却開始年月日、短期解約特例(90日ルール)の期限年月日などを記載することが東京都指針で定められています。前払金に関する条件は口頭の説明だけでなく、必ず書面で確認するようにしましょう。
交付・説明・署名のタイミング
重要事項説明書は、入居の相談を受けた段階で交付し、契約前に十分な時間的余裕をもって説明したうえで、入居希望者から署名を得ることとされています。契約を急かされて十分な説明時間が取れないと感じた場合は、その場で即決せず、説明書を持ち帰って確認する時間を求めることが大切です。重要事項説明書の見方については有料老人ホームの重要事項説明書を解説した記事もあわせてご覧ください。
利用権方式で注意したいトラブル・失敗例
制度上のルールを知らないまま契約すると、後になって「思っていた条件と違った」というトラブルにつながりやすい場面があります。
想定居住期間を超えて長く暮らしたケース
前払金は想定居住期間にわたって償却される仕組みのため、その期間を超えて長く入居し続けた場合の追加費用の有無や条件が、契約によって異なります。想定居住期間が満了した後の費用負担がどうなるかを、契約前に確認しておかないと、想定外の費用が発生する可能性があります。
保全措置の内容を確認しなかったケース
保全措置は前払金の一部(残存償却期間分または500万円のいずれか低い方)しかカバーしない仕組みです。前払金の全額が無条件に保護されるわけではないことを理解しないまま高額な一時金を支払ってしまうと、万が一の事業者破綻時に想定していたほどの返還を受けられない可能性があります。契約前に、保全措置の方法と保全されている金額を必ず確認することが重要です。
重要事項説明書の記載を読み違えたケース
重要事項説明書には前払金の返還金算定方式や短期解約特例の期限年月日といった専門的な項目が並ぶため、一度の説明だけでは理解しきれないこともあります。「短期解約特例の期限年月日」が何を意味するのか(契約締結日からおおむね90日を経過した日を指すこと)を正しく理解しないまま契約し、その期限を過ぎてから解約を申し出て、想定していたよりも返還額が少なかったというケースも考えられます。説明を受けた際に不明な点があれば、その場で質問し、必要であれば家族や第三者に契約書・重要事項説明書をあわせて確認してもらうことが望ましいでしょう。
まとめ
- 利用権方式は居住とサービスの契約が一体になった、有料老人ホームで主流の契約形態で、所有権とは異なり相続の対象にならない
- 建物賃貸借方式・終身建物賃貸借方式との違いは、契約の一体性と相続の可否にある
- 前払金の内金は前払金全体の20%以内、残金は引渡し日前の合理的な期日以降に徴収するルールがある
- 入居後3か月(90日)以内の契約解除、または死亡による契約終了の場合、前払金は全額返還が原則
- 前払金の保全措置は「残存償却期間分の額」と「500万円」のいずれか低い方が対象で、前払金全額が保護されるとは限らない
介護保険制度や有料老人ホームに関する規定は、法改正や自治体の指導指針の改定によって変わることがあります。契約前には必ず最新の重要事項説明書と契約書の内容を確認してください。当サイトの記事の編集方針についてはこのサイトの立ち位置もご覧ください。